Architecture
A-008    私がめざす建築は     s a / r a
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リビングに「キッチン」という家具を置く

LDKとは「リビング Living」、「ダイニング Dining」、「キッチン Kitchen」のことで、今や誰もが知っている言葉だ。 以前は「リビング」は「居間」、「キッチン」は「台所」と呼んでいたのだが、今はあまり言わなくなってしまった。 「ダイニング」に関しては、日本語訳として「食事室」とすることが多いけれど、そもそも日本の一般的な(庶民)家庭に「食事室」といえる独立した部屋はほとんどなく、「食事スペース」というのが妥当ではないだろうか。 いずれにせよ、英語表現を使うようになったのはその方が洒落ていて格好いいという理由だけではないような気がする。 そこで、くだらないと思いつつ自分なりにその経緯を少し考えてみた。

居間 → リビング
「くつろぐところ」である「居間」を「リビング」と呼ぶことはさほど抵抗なく受け入れられたような気がする。 その背景には、間取りを説明するのにLDKという表現が普及したことが考えられるが、それに加えて床が畳からフローリング(板の間)になったことが大いに関係しているような気がする。 「居間」は家の床がほとんどが畳であった昔から使われていた言葉であり、どうしても畳のイメージが抜けきれず、床がフローリングになればそれに合った新しい呼び名が求められたであろうことは想像に難くない。 ただ日本人は畳の上でゴロゴロしてくつろぐ習性が抜けきらないのか、「リビング」にわざわざ4帖程度の畳コーナーや、隣接して和室(居間?)を設けたりして悦に入るひとも多く、和洋折衷のリビングも展開されている。

食事室 → ダイニング
「ダイニング」という呼び名は今でも一般的ではない。 LDKのDであることはわかっているが、「ダイニング」という言葉を単独で使うときは使い慣れない英単語を言うときの、ちょっと恥ずかしい気がしてしまうのはわたしだけではないだろう。 何故だろうか。
そもそも昔の日本の(庶民の)住宅に独立した食事スペースなんてあったのかしら、と思うが、1940年代に西山卯三(建築家 1911~1994)によって行われた庶民の生活実態調査で、いくら狭い住居であっても「寝るところ」と「食べるところ」を区別する傾向がみられることが明らかになっている。 いわゆる 「寝食分離」というやつだ。 ただ「食べるところ」と「くつろぐところ」が区別されていたかは、すこぶる怪しい。 昔は畳の上に置かれた「ちゃぶ台」で食事をし、食事が終わればそこでゴロゴロしながらくつろぐのが一般的であったように思う。 (それが良かったし、温暖湿潤気候の日本ではそれで良いと思うのだが。。。) ライフスタイルの欧米化で、狭い日本家屋においても食事の場所とくつろぐ場所の切り離しが進み、板の間(フローリング)にテーブルと椅子を置くことで食事をするための専用スペースが誕生した。 部屋ではないため「食事室」と呼ぶには抵抗があり、そこを「食事スペース」、「食事コーナー」あるいは単に「食卓」などと適当に呼んで今日に至っている。 「ダイニング」という呼び名が一般化する日は、多分来ないとわたしは思う。

台所 → キッチン
「台所」といえば、割烹(かっぽう)着姿のお母さんがまな板に乗せた漬物を包丁でトントンと切っている昭和の風景が偲ばれるような言葉になってしまった。 そもそも「台所」とは食事のお皿などを置く台がある場所に由来する言葉だそうで、少し婉曲的な表現になっている。 昔は実際に火や水を使って直接料理する場所を個別に「かまど」や「流し」などと言っていたのかもしれない。 ちなみに「キッチン」はラテン語の「co-quina 火を使うところ」という言葉に由来するらしい(wikipedia からの受け売り)が、こちらはさすがにストレートだ。
「台所」を欧米風に「キッチン」と呼ぶようになったのは、「リビング」同様間取りをLDKで表現するようになってからではないかとわたしは勝手に思っているのだが、多分シンク・コンロ・収納を一体化したいわゆる「システムキッチン」(和製英語)の登場がそれより先行しており、その呼び名が既に一般化されていたように記憶する。 今でも「キッチン」は料理する場所だけでなく、日本では「システムキッチン」自体のことを意味する言葉としても使われているのでややこしい。