Architecture

A-021
私がめざす建築は
  s a / r a
simple architecture _ real architecture




模型で形を検討する / 切り取ったり貼り付けたりを際限なく繰り返す


設計とはイメージを形に表現し、それを視覚でとらえながら次に展開させていく行為の連続である。 イメージを表現するのに一番手っ取り早い方法は、紙に図を描く2次元での表現だ。 そのとき頭の中では3次元の建築の姿を思い描いているのだけれど、これがどうも心もとない。 CAD(キャド/設計を支援するコンピュータ)により仮想 3次元での図を描き、建築をいろんな角度から検討できるようになりはしたものの、ディスプレーに映る画像や、それを印刷した図は、やはり2次元である。 今の技術では仕方のないことだ。こうなるとやはり昔ながらの模型が役に立つ。 つくる材料は、粘土、木、紙、発砲スチレン、金属等いろいろある。加工しやすいものがよい。 わたしが好んで用いるのは発砲スチレンの両面に白い紙を張ったスチレンボードだ。 たとえば壁厚200㎜の建築を50分の1の縮尺で模型を作るなら、4㎜厚のスチレンボードをカッターで壁の大きさに切り、それを組み立てて建築の形をつくるのだ。 カッター片手に窓を切り取ってはまた塞ぎ、壁を削ったり継ぎ足したり、柱のバランスを変え、いろんな形状の屋根を載せたりする。手を加えるのに気がとがめるようではいけないので、あまり丁寧に美しくつくり過ぎない方がよい。 あくまでも検討用の模型だ。 模型から寸法を拾って設計図に反映させることも多い。 このように、実体のある 3次元である模型というものに喚起されながらの設計行為は、子供が遊ぶ粘土細工や積み木と同じように無邪気さも必要だ。 検討し終わった継ぎはぎだらけの汚い模型が、わたしにとっての完成模型である。 試行錯誤の痕跡がなんとも愛おしい。 模型はまた、施主とイメージを共有するためにも大切だ。 この場合も、あまり精巧なものは必要ないような気がする。 どうしても細部に目が奪われてしまい、肝心の「イメージの共有」が疎かになるからだ。 だから着色もしない。 その50分の1の白い模型を施主と見つめながら、近い将来建ち上がるであろう建築に思いを馳せるひとときが、わたしたちにとっての至福の時なのである。