Architecture

A-037
私がめざす建築は
  s a / r a
simple architecture _ real architecture




階段は上下階の空間をつなぐ装置


わたしは住宅の平面図(間取り)を見るとき、まず階段の位置を確認する。 大まかではあるけれど、それで住むひとの生活スタイルがわかるような気がするからだ。 3次元の階段を、単に違う階の部屋に移動するための手段(道具)ととらえるか、下の階と上の階をひとつの空間として結びつける要素としてとらえるかで、そのもつ意味合いは大きく違ってくる。 言い換えれば、階段に機能だけを求めるのか、それ以外の効果も期待するのか、ということになるだろう。 LDKに階段を取り込み、その周囲を吹抜けにして2層分の空間を共有することの効果はよく喧伝されているし、そのような空間体験がなくとも、それを想像するだけで開放的なイメージが広がる。 なにもなければ、誰しもこの効果を期待することになるのだろうけれど、如何せん、この効果を得るためには犠牲にしなければならないことがあるのも周知のことである。 たとえば、吹抜けにしたことによる冷暖房効率の低下や、居住面積の減少など。 しかし敢えてこれらの犠牲を、家や日々の生活に工夫を加えることで克服し、またそうすることをみんなで楽しむことは出来ないだろうか。 わたしはなにも理想を提案しているのではない。 冷暖房効率を上げるために、一日中窓を閉めきってエアコンをフル回転させる高気密高断熱の家や、居住面積を目一杯とったけれど、空間に高さの変化がないために、だだっ広いだけでどこか息苦しいリビングが、はたして快適なのだろうかと思ってしまうのだ。 子どもにしても、直方体の均質空間で育つより、凸凹空間で育った方が楽しいし、きっと自由で柔軟な思考を養えるのではないかと思う。 「快適さ」とは相対的で主観的なものだし、一般的に得るものと失うものは表裏一体でもある。 だから、得るものとそれによって失われるものを自分の「快適さ」と照らし合わせ、自分にとっての「快適な家」とはなにかを考えればよいのだ。 なにも失いたくない、と完全装備して身構えた家よりも、無骨でなんにもないけれど、その豊かな空間から得られる「快適さ」を人一倍楽しめる家をぼくは目指したい。