Architecture

A-038
私がめざす建築は
  s a / r a
simple architecture _ real architecture


    

浴室と洗面を透明に仕切る


最近あまり行かなくなったが、たまに銭湯へ行くと気分が良い。 広くて天井が高いということだけでなく、たっぷりある湯につかり、両手両足を思いっきり伸ばしてリラックスできることがなにより嬉しいし、そうすることで身体だけでなく心まで温まるような気がするのだ。 また、脱衣所の床はたいがい籐(とう)の敷物だし、浴室は石が敷いてあったりして、そのざらついた自然な肌触りが心地よい。 家の風呂ではめったに味わえない「やすらぎ」と「開放感」が得られる。 家の風呂ばかり入っていては人間が小粒になる、などとあらぬことを思ったりしてしまうこともあるほどだ。 いまの家の風呂は単に「身体を洗う場所」に成り下がってしまったため、床や壁・天井の仕上は「やすらぎ」よりも掃除のしやすさ第一に選ばれるのが現状だ。 加えて、水漏れや湿気による建物への影響から、一層のことプラスチックの箱にしてしまえば、というのがユニットバスの原点である。 味気ないけれど、工業技術の粋を集めて開発・改良されてきたため、今では性能や機能面では完璧に近いといえるだろう。 しかし、わたしたちが風呂に望むのはそれだけで良いのだろうか。 あの銭湯での「やすらぎ」や「開放感」は家の風呂では到底かなわぬものなのだろうか。 狭さが致命的だと決めつけないで欲しい。 仕上材の選択、外に面する窓の位置や大きさ、脱衣所や洗面との関係、照明の効果、浴槽の材質・色、水栓などの金具等々、工夫できる要素はいくらでもあるはずだ。 なにも生活の中心に据えることはないと思うが、残業や家事で疲れた身体を風呂でゆっくり癒したい、と思えるような、そういう風呂が出来ないだろうか、と考えているのである。