Architecture
提言_01    私がめざす建築は     s a / r a
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● シックハウスと今の生活

シックハウスがメディアで取り上げられるようになってから久しくなります。
建材などから発生する有害な化学物質で室内空気が汚染された家をシックハウスというのですが、問題となるのはそれによって引き起こされるシックハウス症候群であり、また化学物質過敏症です。 住宅以外でも、新車に乗って発症するシックカー症候群などが報告されています。
潜在的な患者数は50~100万人という情報もありますが、実態は不明です。 ただ、国が90年代中頃からシックハウスの対策に乗り出し、2003年に建築基準法を改正して問題のある建材の使用を規制したため、(財)住宅リフォーム紛争処理支援センターに寄せられたシックハウスの相談件数はその年をピークに大きく減少しています。
規制の具体策は、人体に悪影響を及ぼす可能性のある13種類の揮発性有機化合物の内、クロルピリホスを含む建材の使用禁止とホルムアルデヒドを含む建材の使用制限です。 また、汚染された空気を除去するために、終日機械換気することが義務付けられました。

まず、「建材」について考えてみましょう。
日本経済が高度成長した1960年代あたりから、従来の無垢の自然材料からなる建材とは異なる「工場で加工された建材」(いわゆる新建材)が流通し始めました。 新建材は薄い板を接着剤で貼り合わせたり、あらかじめ仕上げの塗装が施された工業製品なのですが、品質が均一で規格化されているため現場で扱いやすく、また大量生産によって市場に安く供給できることもあり、急速に普及しました。 それは建築が建材メーカーとともに、ひとつの産業として成立する過程でもあったのです。
建材が変われば自ずと工法も変わり、水で練った土やモルタルを塗る従来の「湿式」から、新建材を張るだけの「乾式」に移行していきました。 伝統技術の継承という面で問題はありましたが、効率や経済性を重視する産業として当然の成り行きであったといえます。
しかし、昔から使われていた無垢の自然材料とは異なり、新建材には性能はいいけれど安全性にリスクがある化合物が多く使用されていたため、それらから有害な化学物質が発生し、シックハウス問題となったのです。 公害と同様、環境を無視して産業優先で突き進んできた結果です。

今は有害物質をほとんど出さない建材しか使用が認められておらず、この問題は法の規制が功を奏して改善されつつあります。
ただ注意しなければならないのは、天然の木材や基準を満たした新建材でも微量ながらホルムアルデヒドなどの有害物質を発生しているという事実です。 建物だけでなく、家具や日用品からもホルムアルデヒドは発生しています。 また建築基準法では有害な13種類の揮発性有機化合物の内、クロルピリホスとホルムアルデヒドが規制(学校では文部科学省が6種類規制)されていると先に述べましたが、他の11種類の有害物質は特に規制されていません。
このように、わたしたちは有害物質に包囲された室内環境で日々生活しているといえます。 これらの発生量は人体にほとんど影響のないごく微量だといわれていますが、果たして気密性の高い室内環境で絶対に影響が無いといえるでしょうか。 少なくとも、自然とは程遠い環境です。 この文章の最後に述べますが、わたしたちのライフスタイルを根本的に見直さない限りこの問題の解決はないとわたしは思っています。

次に、「換気」について考えてみましょう。
有害物質が出る新建材は60年代から80年代にかけて多用していましたが、室内空気の汚染があまり問題にならなかったのは何故でしょうか。 なかには体調を崩すひともいたかもしれませんが、当時は社会問題になるほどひどい状況ではなかったように思います。
その理由として考えられるのは、当時の住宅は隙間が多く、エアコンもあまり普及していなかったことです。 隙間が多いために部屋は自然に換気され、室内の空気が汚染されていなかったということです。 アルミサッシの普及で住宅の気密性が向上し、人々が裕福になって各部屋にエアコンを入れ始めた頃から、シックハウスの問題が出てきました。 言い換えれば、自然を遠ざけてきた結果がシックハウスということです。
これを自然の状態に戻せばシックハウスは解消されるのですが、今国を挙げて進めている対策はなぜか正反対のことです。 窓を閉め切り、一日24時間換気扇を回しっぱなしにして部屋の空気を入れ替えろというのです。 これは法律で義務化されていますが、この手法に疑問を呈する建築家は多数います。わたしもそのひとりです。

日本は北海道や東北・北陸、あるいは沖縄を除けば、一年を通じて温暖な気候に恵まれています。 また昔から寒い冬や暑い夏を少しでも快適に暮らそうと、家のつくりや生活に工夫をしてきました。 たとえば、深い軒の出、取り外しできる襖や簾(すだれ)、打ち水等です。 わたしたちは自然を拒絶するのではなく、自然をうまく取り入れた生活を長い歴史でつちかってきたのです。
しかし、建築が産業として成立し始めた頃から、人々の関心は自然を取り入れて快適にする工夫より、安易に人工的な環境に快適さを求めるようになったように思います。 窓を開ければ涼しい風が入ってくるにもかかわらず、部屋を閉め切ってエアコンで快適な環境をつくろうとしています。 また省エネルギーが取りざたされると、エアコンの効率を高めるために断熱や気密性の高い住宅が要求されるようになり、ますます自然を遠ざけています。 言い換えれば、外の自然とまったく隔絶した環境をつくることが住宅に求められており、それの充足率が住宅の価値基準・性能として評価されるようになったのです。

今さらエアコンをまったく使わない生活は難しいと思いますが、使用は必要最小限に留め、建築を工夫することでうまく自然と共生できるような住環境をつくり、自然な環境に慣れた健康的な生活を送ることが大切ではないかと思います。 また、エネルギーをあまり使わないそういう生活が本当の意味での省エネルギーであり、地球にやさしい生き方と言えるのではないでしょうか。