Music
音楽    M_007
私の好きな音楽の話
デビュー前の Bob Dylan

ぼくの事務所がある天王寺駅周辺では、若者がよく路上ライブをやっている。 ぼくも時々足を止めて彼らの歌や演奏に耳を傾ける。 いい加減にやっている連中がほとんどだけれど、たまにひたむきさが心に伝わってくる歌に出会うと、なぜか嬉しくて胸が熱くなる。 ぼくは音楽が大好きだけれど、その道には進まず今に至っている。 意気地の無いぼくがやれなかったことを彼らに託す思いがあるのか、あるいはそういう彼らを未だ憧憬しているのかよくわからないが、無条件でぼくは彼らを支持する。 設備のゆき届いた会場で自分たちの歌や演奏を発表する機会に恵まれない彼らは、公の空間をつかってそれを実行している。 多分それは大昔の大道芸人から脈々と受け継がれてきたものであろう。 いや、もしかすると芸人だけでなくぼくたちすべての人間は、公の場で自分自身、あるいはその表現を日々発表し続けているといえるかもしれない。 ひとは他人に見てもらいたいのだ。 そして、今この時間、この場所にいる自分というひとりの人間を認めてもらいたいのである。 子孫を残すということ以外に、人間のすべての行為はそこに収斂(しゅうれん)する、かもしれない。 「自分がいまここに在る意味」が自分自身と対峙するだけではなかなか見出せないのだ。 路上ライブしている彼らは、何もそのようなことを考えて演奏しているわけではないだろう。うまくいけばレコード会社と契約し、スターになり、女の子にもて、そして大金持ちになる、という邪心が彼らを突き動かす原動力になっているはずだ。 しかし、その一歩踏み出した彼らの行為は、無意識にではあっても「自分がいまここに在る意味」を問う行為でもある。 彼らのほとんどはその夢を実現し得ないまま終わるであろうけれど、きっとその後の生きるよすがになるのではないかとぼくは信じたいのだ。