Music
音楽    M_008
私の好きな音楽の話
突き抜けろ!

ひとりで仕事を始めたころ、森高千里ばかり聴いていた時期があった。 学生のころから欧米の音楽をよく聴いていたので、歌謡曲や洋楽の二番煎じのJポップを自ら聴くことはまず無い。 そんなぼくが、来る日も来る日も森高を聴いていたのだ。 彼女は声量がなく音程も不安定で、ハッキリ言えば歌は下手くそだ。 歌詞は彼女自身が書いていたが、言葉のセンスに特異性があるけれど、小学生の作文のような稚拙な表現には辟易(へきえき)した。 楽器もドラム・ピアノ・ギターといろいろこなすが、どれも聴くに堪えない。 そんな彼女の音楽をどうしてあの頃のぼくは狂ったように聴いていたのだろうか。 あの頃。。。世の中はバブルがはじけ、日本経済の先行きがまったく見えない状態だった。 ぼくも毎日事務所には行っていたが仕事はまったく無く、暗鬱とした不安を抱きながら空虚な日々を送っていた。 将来への不安はボディ・ブローのように、じわじわと心にダメージを与える。 それをなんとか跳ね返すべく、ぼくは雨が降りしきる地上を飛び立ち、厚い雲を突き破ったその上にあると言われる太陽がまぶしい青空に向かうことばかり想像していた。 その突き抜けるイメージを森高に重ね、志(こころざし)だけで生きていたのかもしれない。 先に述べたように、彼女は音楽に関しては下手くそで稚拙極まりないにもかかわらず「音楽をやるぞ!」という強い意志を感じさせてくれたところにぼく自身を重ねたのかもしれない。 20代のひとりの女性が、常に自分が主体になり、歌詞を書いてうたを歌い、ドラムをたたいて全国を飛び回る。 恥ずかしながら30代のひとりの男であったあの頃のぼくは、世間からどう思われようと「私は、やるぞ!」という、その彼女の突き抜けようとする意志にしがみついたのである。 彼女がぼくを、雲海を下に見る青空に連れて行ってくれたかどうかはわからない。 ただ、今このように「ある」ということは、あの頃をなんとかやり過ごせた結果であることには違いない。 そういう意味で、今は2児の母という森高千里にぼくは感謝しているのだ。