私の好きな音楽の話 |
もうだいぶ前のことになるが、「芸事は理論より年数なんです」というコラムの見出しがぼくの目を惹いた。
その横には「世界最高齢の指揮者」と白抜きの文字がある。それは、大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者・朝比奈隆(1.908~2,001年)を紹介するコラムであったのだけれど、その奇妙な見出しが今でもぼくの心を離さない。
晩年の朝比奈は「マエストロ(巨匠)」などと呼ばれ、絶大な人気を博していた。
ぼくは彼が亡くなる前年にコンサートに行ったが、90歳を過ぎてなお果敢にタクトを振り回す姿は、確かに威厳があり、その神々しさに感動した。
どういうわけかぼくは昔から朝比奈隆に「愚直」という印象を持っていた。
だから、あのコラムの見出しが気になったのかもしれない。
朝比奈の経歴は、「早熟」や「天才」がもてはやされる音楽の世界では異色だ。
学校で法律の勉強をして電鉄会社に勤めたが、辞めてまたその学校に戻った。
本格的に音楽を始めたのは25歳のときであり、まともに指揮の仕事をしたのは40歳を過ぎてからだという。
そのことにやはりコンプレックスがあったのだろう。
「ひとより長く生きて、数多く舞台に出なさい」と敬愛する恩師から送られた言葉が、彼の心の支えであったという。
とても出来ないことだったらともかく、長距離ランナーのように年数かけりゃいいというのは安心しましたよ。
それだったら、自分にもできるかなと思いましたね。 (朝比奈 隆)
「継続は力なり」と言うけれど、別に「力」になどならなくたっていいじゃないか。
「続ける」ということにも意味や意義があるはずだ。