私の好きな音楽の話 |
アドリブ(ad lib.)という言葉はラテン語らしいが、英語ではimprovisationという。
音楽や演劇の世界でよく用いられ、即興でおこなう演奏や演技のことだ。
それをするには経験や努力だけでなく、天から授かった才能も必要なのかもしれない。
「行為」だけに全身全霊を傾けているようでは、とてもアドリブはできない。
「行為」は自然(神)にまかせ。
自身は状況から展開を読み、常に全体を把握する余裕が必要だ。即興といえば。
学生のころたまたま友人と入ったジャズ喫茶で受けた「衝撃」は、いまも思い出すことができる。
70年代半ばのジャズ喫茶は会話や笑い声が飛び交う自由で明るい溜まり場で、その日もいつもと同じように、店内に流れるジャズはただの BGM に過ぎなかった。
曲が終わり、次のレコードに針が落とされた。
ピアノによる演奏が流れはじめるが、話しに夢中で、誰もそれに耳を傾けるものはいない。
ぼくたちもそうだった。
10分ほど過ぎただろうか、どうしたことか店内の会話が途絶えはじめ、先程まで大声で笑っていた女性まで真剣な面持ちでピアノ演奏に入り込んでいる。
即興だ。
やがて店内は静まり、レコードから流れるピアノの音だけが空間を支配した。
緊張感すら漂っていたように思う。あの時ぼくたちが聴いていた「音楽らしきもの」は、一体なんだったのだろうか。
音の羅列であったことは確かだ。
「神がかり的」という表現があるけれど、まさにそれをレコードで体験していた。
演奏が終わったとき、「ハァーッ」という嘆息なのか、息を殺していたために吐いた息なのか、あちこちでもれていた。
キース・ジャレット(Keith Jarrett 1,945~ 米)、28歳の記録。
Solo Concerts/Bremen & Lausanne